2014年08月

977: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/08/11(日) 10:31:16.08 ID:L3/d5Ns+
粘着コワス

夏なんで思い出した修羅場
高校生の頃、父が失踪し私は祖父母宅で生活していた
母が養えるのは弟2人が限界だったっので
私は祖父母宅で家事をしながら高校に通った
ある日下校すると、リビングのテーブルの上に座布団が置かれ
その上で赤ん坊が眠っていた
祖母曰く、あんたの妹だからよろぴくね
なんでも失踪した父がいきなり現れ、しばらく面倒見てちょ!と言い残しあっという間に去っていったとのこと
夏休みから年末にかけて慣れない育児に忙殺されたのが修羅場
そんな赤ん坊の世話するなんてあんたは裏切り者だ!と母に罵られるおまけ付

因みに年明けに母と離婚成立した父親が赤ん坊の母親と祖父母宅に転がり込んできて
私は母宅へ帰ることが出来た

そんな中、学費免除とって専門学校に進学した私は偉いと思う

43: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/06/11(火) 00:34:21.43 ID:J+SaNSid
10年以上前の話&長文だけど…

小学生のころ、全国区かも今もあるのかも知らないけど、登校班というものがあった。
ただ新一年生を同学区の6年生をリーダーとする子供たちで朝学校に送り届けるだけの内容なんだけど、
普通期間も1週間~長くて1か月程度で、途中まで親がついて来たりするのも当たり前だった。
それなのに、私が中学年の時の登校班には6年生も保護者も来なかった。
それどころか他の上級生や同学年の子たちも来ず、何故か私と新一年生数十人だけ登校させられた。
気付いたころには既に、この間まで幼稚園児だった子たち(正直クソガキだった)を一人で抱え込む羽目になっていた。
しかも期間は何故か1学期中ずっと、毎日。毎朝普通の登校時間より1時間は早く家を出て新一年生たちを家まで迎えいった。
本来なら公園とか目印になる場所に各々集まるだけのはずなのに。保護者もそれが当たり前かのような顔してた。
怪我したり、ぐずったりする子がいたら私が責任を負い、機嫌を取り、時にはおぶって家まで送った。
ランドセルが重いと騒ぐ子が一人いれば、何故か複数人分の荷物持ちをさせられることもあった。
繰り返すが本来はやらなくてもいいはずのことなのに、私一人が全ての面倒を被らされた。

さらに悪いことに、班の中に親子で問題な奴がいた。
両親はいろいろあって倫理観と貞操観念がアレなことが地域に知れてるようなやつらで、
その息子も王子様として育てられた見事なクソガキだった。しかも親子そろって自分が和の中心でないとダメなタイプ。
大勢の面倒を見ながら登校する小学校中学年の子供にそんなことを要求するな。それ以外にも顔に虫押し付けられたりしたし。
そしていつのまにか私が悪者、私にいじめられたと言って私の担任に相談していたようで、
関係のない教師からも変な顔をされたり妙に気を遣われたりし始めた。
本当に学校に行きたくなかった。丈夫な子だったから休む理由もなく、熱でないかなーと毎日思ってた。

長すぎって言われたので切ります

120: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/06/19(水) 23:05:22.10 ID:xoZh8duh
ここには初めて書き込むので板違いとかだったらすまん…


当時ガソリンスタンドに勤めていた私。
震災の時は本当に大変だった。
やるかどうかも分からないのに店の前には大量の車の列。
並んでる人たちに見つかるとめんどくさいので、こそこそしながら店に入ったのを今でも覚えている。
そこでの修羅場がいっぱいあったが、長くなるので箇条書き程度に。
自分が見ていただけとか、そういうのもあるがそこはご愛嬌。

・頭がおかしくなったじいちゃんが無理やり店に突っ込んできて、
「これだけ薬飲んでるんだ、だからガソリン入れてくれ」
と無茶を言って救急車を呼んだ。

・朝一でガソリンを缶に入れてくれとどこからぱくってきたか分からないオイルの缶を持ってきて、
並んでいて整理券を配っているから申し訳ないが入れられない、というと、
逆ギレして挙句の果てには「お互いに助け合いましょうよ!!」とかわけのわからんことを言って
立てていた看板を殴って帰って行った。

・5キロほど先のスタンドの列がうちの店の前まできたのにほぼ対応を自分たちがやっていたこと

・店が開くと忙しくて全く出れなかった電話の留守電に毎日のように「○○町の○○だが、連絡をするように」というのが入っていて、
落ち着いた頃に電話→なんで出なかったんだ!と言われる→店長「電話が地震で落ちて壊れていた」→納得

と、他にもたくさんあったが、ガソリンが安定するまでの間、店が開いている日は毎日が修羅場だった。
常連さんとかが労ってくれたりしたのが心の救いだった。
読みにくかったりしたらごめん。

355: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/07/06(土) 22:52:17.83 ID:lhb7/D3k
空いているようなので…
何年も前になる月曜の朝、通勤途中の父が事故にあったのが修羅場
相手は夜遊び帰りのハタチ位のフリーターで、前方の車にぶつかりそうになり自分の車をガードレールに擦りたくなくて、センターラインを越え父と正面衝突
幸い父は高級の部類に入るセダンタイプに乗っていたから、SUV車との衝突でも命拾いしたと救急隊員に言われた
病院に駆け付けると見た目に重い怪我はなかったが、首から下が動かないという父
そこからしばらく母と交代で入院に付き添うことになったが、手術の日までが一番大変だった
夜間痛くて眠れない父は、30分とたたずに朝はまだかと時間を尋ね、水分をくれ、手足を揉んでくれ、と一晩中辛そうで…体力的には付添者も辛かった
手術後、加害者が病室に謝罪にきた
手術は成功したがどこまで回復するかは不明で、寝たきりになるかもと言われていた家族は正直追い返したかったが、父は受け入れ、加害者に怪我の有無を尋ねる程に穏やかで驚いた
その後、リハビリをがんばった父は医師も驚くほど回復し、障害は残ったものの無事歩けるようになった
そんな父が初孫を無事に抱くことができたのでカキコ

747: おさかなくわえた名無しさん ID:w3NHPIeD
もう10年位前の話だけど、原チャリで走っていたら
路地から突然軽トラが飛び出してきて車体の横っ腹に正面から激突。
原チャリごとぴょ~ん!と飛ばされて、割れたボディで膝をスパッと切った。
自分で言うのもなんだけど、運動神経は割といいから
地面に叩きつけられてゴロゴロ転がった割には膝を切った以外はどこも怪我はなかった。
骨が折れてるわけでもないし自分で歩けるので
警察呼んで現場検証した後、軽トラの運転手のお兄さんに付き添われて
すぐそばにあった外科病院に行った。
膝の傷は丁度お皿の上の部分、3cmぐらい切ってて9針縫った。
後になって思えば雑な医者だった。
縫ったあと「なるべく足伸ばしててね」とだけ言ってネットの包帯?を被せてくれただけだった。
なんせ縫うような怪我をしたのは初めてだったから、そんなもんだと思ってたんだよね。
膝のお肉なんて厚めの包帯でガチガチに固めるなりしてくんないと
どうやったって伸びたり縮んだりするじゃん。
結果、抜糸する頃には黒くて大きなシコリみたいになって醜い膝小僧が出来上がった。

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