衝撃

84: 名無しさん@おーぷん 2014/05/07(水)21:48:47 ID:???
盛大に笑ってもらえるとありがたい。血液型についての衝撃だったこと

自分は四人姉妹。三番目の姉だけが以前ちょっとした病気で血液検査をし
O型であることが分かっていた。
父親も昔蓄膿の手術をしたのでB型だと確定。
母親、今回の台風の目。これがずっと私はB型なのよ!と幼い頃から
そうきかされて育ってきた私
ここまでが前提

結婚して赤ちゃんを授かり、私は生まれて初めて血液検査をした
病院で教えてもらった結果が「A型」検査結果のカードを見て固まる私
「え?A型って間違いないんですか?」
って思わず受付で聞いたのを覚えてるw
その後がもう大変だった。調べては見たもののB型同士からは
A型は産まれない・・・・。
落ち込んだ。ものすごく。旦那には随分心配をかけてしまった
旦那は「電話してお母さんにちゃんと聞いてみな?」って何度も言ってくれて
やっと母親に決意の電話ができたのが3週間後
「実は血液型がA型だったんだよね・・・?」
とおそるおそる母親に言ってみると
「え!?まさかそんなはずないわよ~」
とカラカラと笑う母親に殺意さえ覚えつつ間違いないと伝えると
「・・・ちょっとまってて」
ってそういうとどこかへばたばたと移動する音。そして戻ってきた母親は
「あらあああ!!!今母子手帳みたら、私A型だったわ!!!!」
「ふぁあああああ!?」
もう全身の力が抜けてしまった。ずっと悩んでいた3週間をかえせ!!!
って本気で腹が立った
「いやだわもう!どうしましょう!ずっと私B型ですって自己紹介で言ってきたのよう!」
学生時代からそう自己紹介してきたのは知ってるけど・・・
四人も子供を産んでおいて自分の血液型を間違えて覚えてるっていったいなんなんだ!
って我が母ながら衝撃だった出来事


25: おさかなくわえた名無しさん 2013/01/28(月) 22:55:25.42 ID:Lp/6ETUa
今月、祖父が急逝したのだけど、年齢が年齢だったのでわりと明るい通夜・葬式だった。
大往生だね、苦しまなくて良かったね、こんなに孫やひ孫に囲まれて幸せだね、みたいな。
でもじいちゃんの髪の毛がごっそりなくなっていた。
メガネなど含めて、燃えない物は棺に入れてはいけないのだと初めて知った。
もう少しで100に届いたじいちゃん。
そんな年になってもハゲって隠したいものだったのか・・。
孫・ひ孫の中の無邪気世代(年齢一桁前半)たちがすごく不思議そうにしてたのが忘れられない。
そして物事分かる世代(最年少小2)たちの見事なスルー能力も忘れられない。
正直な話、カツラをそんなにタブー視することが一番衝撃だったかも。
なんだろう、ウィッグとか呼べばいいんだろうか。
燃やせないけど、供えたり一緒に送ってあげるべきだったんじゃないかと今でも悶々している。

797: おさかなくわえた名無しさん 2013/11/13(水) 20:28:13.88 ID:TVIa3D91
2時間ほどうたた寝して起きたら
左手首から先がピクリとも動かなくなった。
一時的に痺れてるだけだろうとか思ってたら
数時間たっても全く動かず、医者に行った。

セルフ腕枕で二の腕の神経を圧迫してたのが原因らしく
橈骨(とうこつ)神経麻痺、と言う病名で、全治数か月。
固定のために添え木して包帯ぐるぐる巻き。

そしてこれ、英語じゃ「ハネムーン症候群」や「サタデーナイト症候群」とかも言うらしい。
ベッドでイチャイチャした後に腕枕で寝るという場面で起きやすいからそんな名前なんだと。

うたた寝してただけでこんな大事になるとは思ってなかった。
左手だからマシ(実際まだマシなんだろうけど)と考えてたらとんでもなく不自由だった。
そして外国じゃそんな色っぽい名前になってるのにも驚いた。

646: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/08/25(火) 18:37:43.97 ID:N6HOJxgU.net
すみません長いです、3つに分けます。

1/3
20代前半の頃の話。
子供の頃から車に興味があった私は就職してからレトロな外車を買った。
ある休日 買い物を終えてお店の駐車場で携帯をいじっていると、隣のスペースに年代物の高級外車が入って来た。
「へー、珍しい車だなぁ」と思いつつすぐまた携帯に目を落としたのだが、暫くすると助手席の窓をコンコンと叩く音が。
ふと見るとそこにはチェックのスーツにウールのコートを羽織り、ハットとサングラスを装備した男性がいてこちらを覗き込んでいた。彼の風貌はGメン'75の丹波哲郎を想像して頂ければと思います。

え、誰だっけ?知り合い?いや、高級外車に乗った丹波哲郎など知り合いにはいない。
混乱して固まっていると哲郎は助手席のドアを開け(パワーウィンドウとかないからそうしないと話せない)「いや~若いお嬢さんがこんな車に乗っているのを見てビックリしたよ。しかしいい車だね、少し見せてもらってもいいかな?」と言う。
別に眺めるくらいは構わないので「どうぞ」と言うと助手席に乗り込む哲郎。見るって中を見るの?!

突如知らない男性に車に乗り込まれてしまい困惑する私。怖い人だと困るのでとにかく刺激しないように平静を装い哲郎に聞かれるまま車を買った経緯などを話した。(ちなみにサングラスを外した哲郎は60代くらいの老人でした)
しばらく話した所で哲郎が「近くに美味しいケーキ屋があるんだよ、この車でドライブしよう!」と言い出した。
話の中でこのあと帰宅するだけだと言ってしまっていたし、若かった私はどう断ればいいか分からず仕方なく車を走らせケーキ屋へ。バッチリキメた哲郎が女性だらけのケーキ屋さんで目立つ目立つ。
ケーキを食べながら哲郎の携帯に保存されたお気に入りのお姉さんの画像コレクションを延々見させられる。携帯ショップやカフェの店員さんを写したものらしい。

その後カフェの梯子を提案されたがさすがに断り、何とか元のお店へ戻って哲郎を下ろした。降りる前にハグしてくる哲郎。欧米か。
帰宅し両親に事の顛末を話すと、何かあったらどうするつもりだったんだとめちゃくちゃ叱られた。そりゃそうだ。
もし今度このような事があったら、絶対ちゃんと断ろう!と心に誓った。

これで終わったかと思いきやまさか続くことになるとは。

344: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/12/04(金) 02:21:19.22 ID:O7QWDxdv.net
誰もいないみたいだけど
俺と嫁は中学から付き合っていた。
お互いの両親同士も仲がよく、2家族一緒に旅行行くほど良い関係だった。
俺と嫁が25の時に結婚の話も出て、式の打ち合わせをしていた時期に
突然嫁が俺と両親に大事な話があるから、日程を調整してほしいと言われた。
俺の実家で嫁の両親と嫁が暗い顔で3枚の紙を出して話し始めた。
嫁は不妊だった、自然妊娠はほぼ不可能らしい。
一応病院を3か所回ってみたけど全部同じだった。
嫁が泣きながら謝っていたけど、俺両親が嫁を慰めながら
「結婚したからって、子供が必要な訳じゃない」って言っていた。
俺も嫁が大好きだったから、「嫁と一生、一緒にいたいから結婚する」って
両親の前で嫁を抱きしめてた。
その後、28までは二人で暮してそれでも子供が欲しかったら治療をがんばろうって
約束して結婚したんだけど、何故か27の時に嫁妊娠しかも三つ子だった(女女男)
妊娠がわかった時はみんな泣いて喜んでた。その後無時出産。
その4年後また嫁妊娠今度は双子(男男)、無事出産。
不妊とは何だったんだろうか。。。
嫁と双子ちゃんが無事退院したんでカキコ

このページのトップヘ