悲劇

502: おさかなくわえた名無しさん 2010/02/22 00:01:22 ID:2rW8Bom4
忘れもしない2002年の冬。

吹雪の田舎道をタヒにそうになりながら歩いていた矢先、一台の自販機を見つけた。

助かった!!と思い、すぐさま震える手でボタンを押し、出てきた缶コーヒーを口に含んだ。

…!?!?!!
口の中に意味不明の刺激が走り、思いっきり吹いてしまった。
とりあえず缶の中身を捨て、賞味期限を見てみた。

「97年○月○日」と書いてあった。

478: おさかなくわえた名無しさん 2013/04/02 01:04:12 ID:tmmzhzmu
数ヶ月前の話。
社用車を運転中、軍歌を流す街宣車に大音量で運転マナーの悪さを指摘されたこと。

「割り込みした車がいます!」
「これだからこの県は運転マナーが悪いと言われるんです!!」
「この車が先ほど割り込みしましたよ!」
等々マイクで叫ばれながら真後ろを走られること数百メートル。
この挑発に反応したら負けだと思いながら、怒りをこらえるのが辛かった。


言い訳させてもらえば、その道路は白破線で車線変更可能な場所。

片側2車線道路で、街宣車が右車線をのろのろ走行
右側車線はそれなりに混んでいて車線変更が割りと難しい状況なのだが、
街宣車とその前の車との車間距離は車4、5台分ぐらい開いていた。
自分は左車線を走っており、500m先の店に入るために右折しなければならず
右車線に移るタイミングを計っていた。

余り運転が上手くない自覚はあったので、このチャンスを逃してはならぬと
街宣車の前に入ったのが間違いだった……
ちゃんと3秒以上方向指示器出してたし、自分的には割り込みした自覚が無かったので
運転マナーが悪いと拡声器で宣伝されながら、小さくて目立ちにくいとはいえ
会社のロゴが入った車で走る時間は、自分的には凄い修羅場でした。

205: 名無しさん@HOME 2011/02/02 21:34:17
我が家の修羅場

家を新築した7ヵ月後に落雷
さらに二ヶ月後隣の家が失火しあやうくうちも燃えかける
半月後、父方の実家が寝たばこで全焼
さらに父、母の病気があいついで見つかり入院
父母入院中に中越地震に被災

あのときはノイローゼになるかと思った

354: おさかなくわえた名無しさん 2013/03/25 08:45:49 ID:31WecD55
幼稚園かその前ぐらいの小さい頃、
母と買い物に行った帰りに近所のおばさんと会った。
道端で母とおばさんがおしゃべり始めて、なかなか終わらないので退屈だったから
そこらへんブラブラ探検してたら狭いビルとビルの間で人がうつぶせで寝ていた。
なんか色んなもんが飛び散ってて汚い所で、その人も汚れてたから
起こしてあげたほうがいいのかなと思って、軽く蹴ってみたけど起きないので
母を呼びに行った。
私に手を引っ張られてきてソレを見た母が絶叫。
で、警察が来たりなんだかんだで、世界が真っ赤っかになった記憶。
(パトカーの赤色灯のせいだと思う)

その後、母がタヒ体(それもかなり酷い状態の)を見てしまったことによる
PTSDでおかしくなってしまって結構長い間入院した。
退院してから何故か私は母に避けられ、母は姉ばかり可愛がった。
あとで聞いた話だけど、母は私の顔を見ると思いだして発作が起きるんだったそうな。
当時の私は自分が目撃したものが何だったのか、はっきり理解出来てなかったけど
わざわざ母を引っ張ってきてそれを見せたことが相当ヤバイことだったのは
なんとなく理解できてた。
だから母は私を嫌うようになったんだ、と。
姉からも「あんたのせいでママがおかしくなった」って言われたし。
それで私は祖父母の家に預けられて、そこから小学校にもあがった。
姉とは違う小学校だった。
祖父母はとてもよくしてくれたし、週1ぐらいで父親も会いに来てくれて
ごめんな、ごめんなってよく謝られたのは覚えている。
それでも私は捨てられたと言う意識がすごくあった。
ある時、姉が通っていた小学校の運動会をこっそり見に行った。
父と母と姉が母が作ったらしいお弁当を囲んで楽しそうに食べてるのを見て
近くにあった砂場で、被っていた帽子に砂を詰めて
それをお弁当にバサーーーー!とぶっかけて、逃げるように家に帰った。
それから暫くは記憶はあまりなくて、
中学に上がるぐらいの頃に元の家に戻った。

205: 本当にあった怖い名無し 2010/02/21 10:06:19 ID:XGbIqXSj0
看護士をしています。
まだ看護学生だった時に、合コンの後なぜか悪酔い。
気が付いたら、合コンで顔を合わせたばかりの男性の部屋。
もう後の祭りで、泣きました。数日続いた身体の痛みと違和感、出血に寝込みました。
警察に訴える事も考えましたが、もう一度これを話さなきゃいけないことが嫌で嫌でたまらなかった。
看護学生のくせに、と思われそうですが、医者に行く勇気も持てないうちに妊娠を自覚。
2か月のうちに堕胎。小さな命を自分でころしてしまった罪悪感と、堕胎時の手術から感染症。予後の体調不良。
一年を棒に振りました。その後なんとかまた学校に復帰しましたが。
噂話で、薬を酒に混ぜて昏睡させて、あちこちで同じような事をしている奴だ、と聞き、また悔しさに泣きました。

看護士になって数年目に、その男が急病で自分の務める病院に救急搬送。
スタッフの努力と本人の生命力でかなり回復。
ところが退院前夜に見回りをしていたら、声高にその男が同室の男性患者と楽しげにレイプ武勇談を吹聴。
血が引くような思いで聞きました。

本来なら退院する筈の朝、その男性は突然急変。亡くなられました。
前夜に勝手に飲み食いしていた物(酒・つまみ)のどれかににアレルギー性ショックを起こしたようでした。
男性は沢山のアレルギーをお持ちでした。退院だ、と浮かれて、注意を怠ったのでしょうね。
病院では飲食を禁じています。
自分はその夜キチンと注意しましたから。
「今夜で看護士さんともお別れだから寂しいよ、こっそりどっかで一発やらせてよ」
「君の事を考えてて眠れないんだ、眠剤くれない?」
などと、自分を見憶えてもいないくせにふざけたことを言っていましたね。
個人の冥福を祈りつつ。

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