543: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/01/18(金) 00:09:49.88 ID:f9VZuAad
阪神大震災の時、俺は当時小学生だったんだがあの時は驚いたな。

中学生の姉が一人いて、無口で眼鏡で読書が趣味っつう文学少女だったんだが
地震が起こるやいなや台所からダッシュで走ってきて
スライディングで俺を掘りごたつに蹴り落とした。
直後に轟音と暗転があって、20時間後に救助された。
しかも救助したのは先に自力で脱出して一人黙々と瓦礫を掘り起こしてた姉貴だった。手とかもう血で真っ赤だった。

見かけや普段の態度に表れない、根本的なタフさってのがあるのを、小学生の段階で俺は知った。
現在、姉貴は普通に結婚してパート勤めだが
稼ぎやら社会的地位やら、そんなんでいくら勝ってもあの姉貴には敵う気がしないわ。

931: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/01/25(金) 20:15:30.71 ID:3KAN41FU
事故タヒした嫁さんの幽霊が出て来た事
それが透けてもなくてごく普通に生きてる人間みたいだった事
こういう幻覚を数ヶ月も見つつ普通に暮らしてた事
病院に行ったら見れなくなると思って必タヒで隠してた事

194: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2011/05/03(火) 21:46:47.97 ID:gsHmsVal
先月、祖母が亡くなりました。89歳でした。
孫の中では私が一番年下なせいか(父が末っ子)、いつも私は「小さい子」扱いで可愛がってもらってました。
「○ちゃん、お腹空いてない?おやつあるよ、羊羹もきんつばもあるよ。ばあちゃんちにあるものなんでもお食べ」
といつも言われていました。和菓子があまり好きでない私は、いつもちょっと困ってました。
ひ孫もいるけれど、晩年に痴呆の症状が出てきていた祖母は、ひ孫のことを私の名で呼んだりしていました。
きっと私のイメージはいつまでもそのように「小さい子」だったのでしょう。

もういよいよ危ないというとき、両親と共に病院になんとか間に合い、祖母と話ができました。
祖母は父に、母に、何度も何度もお礼を言っていました。
けれど、私の顔を見るなり急に動転しだしたのです。

「○ちゃん、お腹空いてない?お腹空いてない?大丈夫?お腹空いてない?」

そればかりを繰り返すようになった祖母・・。
私が「大丈夫だよ、おなかいっぱいだよ。ご飯食べたばかりだよ」と言うと、心底ほっとした顔をしてました。
父が「母さん、棚に羊羹があったろう。あれを食べたから大丈夫だよ」と目に涙を浮かべながら言いました。
「そうかい、羊羹あったかい。それじゃ安心だ。・・○ちゃん、お腹空いてない?大丈夫?」
同じ会話をずっと繰り返し、しばらくして祖母は静かに眠り、そのままずっと眠りにつきました。

父から、祖母は戦中・戦後の貧しさの中でわが子を亡くした人であったこと、弱ったわが子(父の姉)が
地主さんから恵んでもらった羊羹で助かったことがあることを教えてもらいました。

391: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/05/17(金) 23:49:04.11 ID:FoVh/fgi
投下します。

家はずっと片親で、母親がホステスでした。

10才で祖母がタヒんでから母と二人暮らしになって、
酔っぱらって帰ってきた母親の介抱をしたり、
店での愚痴を延々と聞かされたりしました、

夜もひとりぼっちで、母親の仕事が長引いたり、
あまりにも泥酔してる時は、母親の店の同僚が来て、
代わりに朝ごはんを食べさせてくれたり、
勉強を見てくれたりしていました。

色んな人に可愛がってもらったけど、
中でも優しくしてくれたのは、Sちゃんという人で、
カードが欲しいと言ったら、
母親にホストの名刺を渡されてがっかりした僕に、
こっそりカードを買ってくれたりしました。

Sちゃんが近くに引っ越してきてからは、夜ごはんをご馳走になったり、
スライムの作り方やビーズ刺繍を習いました。

そんなSちゃんが震災で亡くなって、
実は男だと知った時、心の中が修羅場でした。

壇蜜をもっと綺麗にしたような人で、全然男には見えなかったから。

貯めていたお金で、
今日Sちゃんが持っていたのと同じロレックスを買ったので
記念カキコ。Sちゃんは今でもずっと憧れの女性です。

758: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/06/14(金) 13:46:14.27 ID:bL5we0cy
誰とも揉めたわけではないけれど子供の頃の個人的な修羅場。


幼稚園年長の頃そろばんを習っていた。
その教室でクリスマス会が開かれた。
幼稚園と小学生で数十人は集まっていたと思う。
オレンジジュースとお菓子が出て、暗算大会とかがあって
最後の方でプレゼントのくじ引きがあった。
前に出て番号を引き、その番号のプレゼントを次々に受け取って行った。
私のは上位の賞だったので鉛筆やペン、のり、メモ帳などが
沢山入った素敵な文房具セットだった。
本当に嬉しくて大金持ちになったような気分だった。
「三丁目の夕日」みたいな環境だったので我が家では文房具一つ一つが宝物だった。
何度も取り出しては眺め、なおしてはまた眺めて「早く家に持って帰って
お母さんに見せよう、妹には何か一つ分けてあげてもいいかな」と思っていた。

私の前の席には小学生の4~5年生くらいのお姉さんが二人座っていた。
曜日が違ったみたいで、知った顔ではなかった。
その二人が何回か私を振り返っていたことを覚えている。
終わったあとでそういうことだったのかと気づいたのだけれど
そのときは別段何も思わなかった。
そして一人が私に「ねえ、これとそれ、かえっこしよ」
「こっちの方がたくさん入っているよ」みたいな事を話しかけてきた。
もう一人の人も「私ならかえっこする。
絶対こっちの方がいいもん」のような内容で薦めてきた。

私は素直に信じた。
「私が小さいからもっといいものを譲ってくれようとしているんだ、
なんて優しいお姉さんたちなんだろう」と。

このページのトップヘ