バイク

30: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2012/05/18(金) 00:34:54.45 ID:fwm6cfEx
初投下。兄が父の会社のお金を使い込んでいました。父は返済のために会社をたたんで、家も車も売るそうです。兄は開き直っているらしい。父と母は離婚して私は母と一緒に暮らしていますが、兄のせいで住んでいた家が無くなるのはなぁ‥と心の中が修羅場。

241: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/02/07(木) 19:36:06.90 ID:emXRrHpr
山道で当て逃げされて崖下で2日間過ごしたのが修羅場。

趣味が写真でレトロバイクに乗って山頂までの山道をゆっくり走っていたらカーブを曲がりきれなかったスポーツカー(後に走り屋と判明)と接触。
激しくぶつかった訳じゃなかったけど、ハンドル取られて転倒して、バイクと一緒にガードレールの下を通過して崖下に落ちた。
幸運にも滑り落ちた感じだったのでタヒにはしなかったが、右足骨折と左足の指に左腕を骨折した。
20m近い崖を登れるわけもなく、接触した車が通報するだろうと痛みに耐えた。
ところが10分20分しても誰も来ないし、大丈夫かという声も聞こえない。何度か大声で叫んだけど誰も来ない。
痛みに耐えながら一緒に落ちたバイクの元へ這って、荷物入れみたらカメラも携帯も壊れていた。
この時になって初めてやばいと思い始めた。
初夏なのでタヒにはしないと思ったけど、夜間の冷えによっては低体温になるかもと考え、這いまわって草を山盛りにして簡易ベットを作った。
その時既に日が落ちてきてかなり危険な状況になりつつあると感じていた。
夜はとにかく寒かった。不思議と痛みは引いていたがとにかく寒い。ボロボロになったリュックに足を突っ込み、体の上に草を乗せて耐えた。
車が通るたびに助けを求める叫びを上げたが誰も気づいてくれなかった。
そのまま一夜を過ごした。

いつの間にか寝てしまい、起きたら酷い激痛が体中を襲った。
指を一本でも動かすだけで体中に痛みが走った。当時は怪我の知識があまりなかったので内蔵やってんじゃないかとか思い始めてた。
この時にタヒぬということを明確に考え始めた。
ただ、声を上げるのでさえ激痛が走り、骨折した箇所がドス黒く変色し始め、早く救出されないとガチでタヒぬと思い誰かに知らせる方法を考え始めた。
でも、携帯もカメラのフラッシュも壊れているし、バイクのホーンはめちゃくちゃに壊れていて音も出なかった。
次第に汗が止まらなくなり、タヒぬって言葉が頭の中でいっぱいになった。
その時、ふと考えついたのが狼煙。なんで思いついたのかは今でも分からない。
煙なら誰かが気づくと当たりを見回すも日陰で枯れ木など全くない状態。
そこで目についたのがバイク。
既にガソリンは漏れ出していたし、爆発してタヒんでもいいやと無事だったライターで着火し盛大に燃やした。

64: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/01/22(火) 19:40:45.30 ID:y6gzpo4L
コンビニの駐車場にバイク停めてトイレ休憩したり、買い物していたら防犯アラームの音とガシャーンと派手にバイクを倒す音が。
直後にギャーという叫び。

子供がバイク乗りたいと親におねだり、親が勝手に俺のバイクに乗せる。
防犯アラームが鳴り、親がびっくりして子供を下ろそうとしてバイクを倒す。
子供がバイクの下敷きにという事らしい。

親が必タヒにバイクを退けようとするも200kgの車体は女性では起こせず。
俺も飛び出して子供を確認したら、運悪く子供の太ももにステップがグサリと刺さっていた。
動脈やっていたらヤバイと思った。だから、車体を起こしてステップが抜けるのを避けるために中途半端に持ち上げる結果に。
コンビニの店員やお客さんとかが手伝ってくれて救急隊が来るまでずっと中途半端に持ち上げて、止血したりしていた。

その後救急隊が到着したが、ステップが大腿骨を粉砕して突き刺さっているから抜くとかなり危険という判断に。
結局子供にステップが刺さったまま、バイクを起こした後にステップを切断した。
子供はすでに気絶。たまたま通りかかった看護師の人がずっとバイタル?取っていたから危険な状況ではなかった。

子供が搬送されたあと、今度は警察呼んで事情説明。ただコンビニの防犯カメラからも明らかに相手が悪いということがわかっていた。
調書とった後に親を追いかけて警察も病院へ。
残された俺は血だらけでステップがなくて動かせないバイクが残るのみ。
まぁ、右ステップが切断されたのでリアブレーキを使わなければ乗れないことはなかったけど。
ただ、急制動が難しいから結局レッカー呼んでバイク屋まで運んでもらいました。

もちろん後日親にバイクの修理代金とレッカー費用はきっちりと請求して払ってもらいました。
その時に親に説教しようかと思ったけど、憔悴の仕方が半端無かったから気をつけるようにとしか言えなかった。
ちなみに子供は全治2ヶ月で足のケガ以外は打撲程度だったそうです。

今まで最大の修羅場だった。

62: 名無しさん@HOME 2012/10/04 19:40:02
もう20年近く前。
学生だった私は、いつもは出張で不在がちな次兄がたまたま帰ってきていてバイクで出かける音で目が覚めた。いつもはそれぐらいで起きる事ないのに。
数時間後、家の電話がなった。長兄が出て何か病院の名前と場所を聞いている。次兄が事故ったと。すぐ行かなきゃいけないので、所用があり近所に出ていた母を呼びに行き、すぐに用意して家を出ようとした時また電話がなった。重体だから早く来いとの事。
慌てて三人で長兄の運転する車で出かけた。どこからどう行ったか分からないけど、途中の車内で長兄が相手がいるなら許さない。と母と話していたのだけ覚えている。

病院につくと処置室に案内された。慌てて入るとそこには人工呼吸されている次兄の姿があった。医師は待っていましたとばかりに説明をはじめる。

到着時には既に心肺停止だったと。おそらく即タヒでしょう。との事だった。
母は「なんとかなりませんか」と医師に聞いていたが、おそらく無理なのは承知で聞いたんだと思う。私は何度か、お兄ちゃん。と呼んだが、もちろんどうにもならず。カーテン一枚隔てた椅子に案内され、三人で処置が終わるのを待った。この数時間の出来事がまさにスレタイ。
そこから、2,3日の記憶が曖昧。何年も事故現場に私は行けなかった。

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