葬式

125: 名無しさん@HOME 2012/11/30 12:57:54
じいちゃんの葬式にじいちゃんの初恋の人を
出席させるかどうかで修羅場ってます。

ばあちゃんとタヒ別後、デイサービスで再会したんだって。
それからじいちゃんが病気になって、
タヒ期が近いと悟ったじいちゃんが病床で初恋の人に
会いたい・・・と。同居の伯父嫁さんは最期になるだろうし、
ということで会わせてあげた。その初恋の人も
頑張って何回かお見舞いに来ていたそうです。
そしてじいちゃんの葬式の段取りとなり、
火葬場の都合で4日待ち中。遠方から駆けつけた
叔母が自分の知らないところで勝手にそんなことした!
じいちゃんは自分の妻よりその初恋の人が大事だったなんて許せない!
とファビョってうるさい。

自分が聞いた話では第二次大戦中、地主息子と小作娘では
釣りあわないと反対され、じいちゃんは徴兵されて
シベリア抑留を耐えて帰ってきたら、初恋の人は既に
結婚していたんだそうです。初恋の人はじいちゃんは
戦タヒだろうとじいちゃん親に聞いていたらしくて、
諦めて親のすすめる相手と結婚したって。
葬式に出席させてやったらいいじゃん、と思う。
別に遺産相続に絡むわけじゃなし、普通に焼香させてやれよ~。

871: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2014/01/01(水) 21:03:50.53 ID:7b5DLclk
祖母が亡くなった時の葬式が修羅場だった。

祖母の介護の件で亡くなる数年前から親戚関係が悪化。
そんな中、とうとう祖母が亡くなった。

私は親類のことが嫌いではなかったが、母がその介護関係のゴタゴタの中心人物だった。
押し付けあいというよりも、自分が義母である祖母の面倒をみたかったみたい。
長男の嫁というプライド?みたいなのもあったのかもあしれない。
ただ、客観的にみてそのころの母更年期障害もあったのか、精神的に不安定であったし、
介護は無理だったとおもう。
本当になんか意地になってたようにかんじた。
祖母は好きだったけど、そんなごたごたが続いて早く祖母がなくなればいいのにともおもってた

で、修羅場なんだけど、葬式もおわり続けて初七日の法事もしたんだけど、葬式では喪服の着物をきていた母が、着物を脱いで着替えてた。
そのことに、父がなんで着物をぬいでるんだとおこってた?
父は父で母親が亡くなっていっぱいいっぱいだったとおもう。

217: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2014/01/09(木) 22:47:43.32 ID:qSLBiLDD
数年前に祖母がタヒんだ時からの数日間が修羅場だった。
長いので嫌な人はスルーでお願いします。

うちは母1人子3人(当時姉25、俺21、妹17)で、亡くなったのは母の母。
祖父は祖母より10年早くタヒんでて、そのころからボケたり病気だったりで、施設とか病院とかに入ってた。
修羅場を巻き起こしたのは姉。
姉は明るく賑やかな性格で、暴れたり怒鳴ったりとかは見たことない、静かに怒って悲しむタイプ。そして自他共に認めるばあちゃんっ子。
ガキの頃は、長い休み(夏休みとか)が始まれば、休みが終わるまで祖母家に入り浸り、遊びに来た祖母を泣きながら帰るのを引き留めたり、
祖母が俺の地元の施設に入ってからは、休みの度に施設や病院にいって、喋れない聞こえない身内の顔も忘れてる寝たきり状態の祖母の顔見て一方的に話しかけるだけで、数時間どころか丸一日過ごせる位。
祖母は姉だけを贔屓してたとかではなく、どの孫にも平等に可愛がってくれたけど、やっぱり姉には格別な思いがあったんだと思う。
誰が見舞いに行っても同じ反応の中、姉が顔を見せると微かに笑ったり涙ぐんだりしてた。ボケてるはずなのにね。

ここまでが前提。長くてごめん。

23: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/12/12(木) 21:15:20.14
長文すまん。
母親がパチンコで借金作り窃盗で捕まるほどの糞
私は小さい頃からこの母親に殴られ否定されて生きてきた

父親は当然離婚、私と兄弟は父親についた。
ここまでが中学生くらいまでの話。

で、私が母親には言わず結婚することになった

934: 名無しさん@HOME 投稿日:2014/02/06(木) 03:32:32.22
文章下手だが書いていいかな。他の方と比べると大したことないけど、まだ10代だった時の私の心の修羅場。
昔から両親の仲はあまりよくなかった。母には父の、父には母の愚痴をよく聞かされてた。下に兄弟がいて一番下は小学生だった。
普段はそこそこ普通だったと思う。ただ、虐待すらなかったけど(近いことは一度あった)母がヒス起こすと私にあたってくるのでよく喧嘩してた。
朝もよくヒス起こしててキーキー叫ぶもんだから近所の人に会うと夫婦喧嘩?とか何かあったらおいでねとか虐待されてない?とかよく言われてた。
私は耐えられなくて病んだこともあったが、なんとか高校卒業してひとり暮らしをして近くに行った時くらいしか帰らなくなった。そんなある日、誕生日に用事ついでに帰ったら父にこっそり呼ばれて
『じいちゃん(ばぁちゃん数年前に他界)引き取りたい。同居は母さんの状態からして無理だと思うから離婚しようと思う。お前や兄弟たちは好きな方に付けばいいと思ってる。家を出てるお前には先に言っておく。』
と言われた。正直、今更?と言う気持ちと誕生日にそんなこと言わんでも...と思いながら、離婚なったら下の兄弟たちどうなるんだ!?と内心修羅場。
長いと言われたので切ります。

このページのトップヘ